◆◆◆ 1766 ★ ダヴィンチ展 ◆◆◆

インターネットラジオFM北千住 ときどきゲリラ的に収録・生放送(あとはいつでも見れますよん)

2013.5.22.

ダヴィンチ展。

余りの展示内容のヒドサに、ちょっと驚いた。

というのが正確な感想である。

それは、ダヴィンチの作品がひどかったということではない。

ラファエロと同じように、500年前のオーラ。

キラキラと光る画面は、まるで宝石のようだった。

が、彼の油画は、たったの2枚しかなかった。

あとは、お粗末な、日本ではあまり知名度の高くない作家の素描や版画などが並ぶ展覧会である。

メダマは、ダヴィンチの、メモ書きみたいなイラスト付きの紙切れ群が展示されている場所。

確かに、貴重だといえば貴重なんだろうけど、アタシには、ゴミみたいに見えた。

あと、ロープを使った幾何学文様の展示や、小品がいくつかあったみたいだけど、肝心の油画は2枚。

出口付近で、年配のお姉さまも、パンフレットを片手に、

「ダビンチの絵が、もっと一杯あるのかと思って楽しみにしていたのに、二枚しかないじゃない」

と、大激怒。

私は、知人を誘ったが、予定が合わず、一人で来たのだが、ホント、お友達に、ムダなお金を使わせないでヨカッタと思う。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

個人的には、ダビンチのメモ書きを見れただけでも、まあ、1500円の価値はあったと思う。

普通に、お金を出したとしても現物を見るのは難しい品だからである。

世界中に散らばっているらしいし。

作品のインクの色が、光で劣化するのを防ぐため、暗い中で展示されていて、近くに、20インチぐらいのモニターがあり、メモ書きの細部が良く見れたのはヨカッタと思う。

どっちにしても、フランシスベーコン展とおなじぐらいガッカリ。

ベーコンの場合、作品の点数や、見栄えはまあよかったけど、絵の中身がね。

知人も、「もらったチケットで行ったからいいけど、入場料払ってたら、ブチ切れて、文句言ってたよ」

キッパリ。

と感想を話していた。このような感想は、アタシだけではないということになる。

別に、嫌がらせで書いているということではない。これから足を運ぶ人もいるかもしれないので、くれぐれも、そういう内容だということを知ってから行くべきだということなのだ。

まあ、ダビンチの場合、きっと、イロイロな所有者に借りに走ったけど、結局、話が折り合わず、貸してもらえなかったんだと思う。

それはそれで、仕方が無い。

でもまあ、タイトルは、「ダビンチとその周辺」みたいな感じで、ダビンチの作品ばかりが並ぶというイメージを与えるのは、詐欺みたいと思えた。(というぐらい、酷かったということよ)

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

ミュージアムショップには、来日していない、モナリザのポスターも売られていて、しかも、これが一番の売上なのにも驚いた。

A2ぐらいの額入り複製画で、126000円もしていたのが、10点以上も売れていて、なんだかんだ、やっぱ、知名度というのはすごいもんだなと思わないわけにはゆかなかった。

38000円のミニモナリザのポスターも、大量に売れていて、こんな印刷物に、4万円も払うんだと思うと、そのことが不思議でならなかった。銀座の画廊に行けば、新鋭の作家さんの本画が、4万円ぐらいから手に入るというのに。ま、モナリザの印刷ポスターの方が、買った人には、価値があるってことなんだと思う。

そうそう、西洋美術館の常設展で、小さい考える人が、屋内に展示されていた。

その、深い悲しみや、憂いを帯びた表情が、一体どこからくるものなのか。

どう表現すれば、このような造形になるのか。

アタシは、ガラガラの「考える人」の前で、その造形を随分と長いこと眺めていた。

そうすると、ラファエロ展から流れてきたお姉さまたちが、笑顔で登場。

「あら、考える人って、こんなにちっちゃいのね。もっと大きいのかと思っていたわ」

という会話。

確かに、この像は、「考える人 ミニ」である。

外に巨大作品があるため、アタシは、教えてあげることにした。

オジャラ「外にも大きいのがありますよ」

お姉さま方「あら、そうなの、一点ものかと思っていたけど、いくつもあるものなの?」

確かに、そういう疑問が次に沸くのは普通である。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

オジャラ「この人(ロダン)はね、工房を持っていて、イロイロな作品をあらゆる大きさで作っては、世界中に、みやげ物みたいに売った人なんですよ」

お姉さま方 爆笑。「あら、そうなの。そんなことができるのね」

オジャラ「帰りに外にある、大きいやつも見てってくださいね。」

実際、西洋美術館のロダンのコレクションは、本当に素晴らしいと思うし、他のブロンズのコレクションだって、よく展示が変えられていて、沢山あるなと思わされる。しかも、どれも勉強になる。

私が、長いこと、「考える人」の前で考えていると、次の人も、また、その次の人も、考える人の前で笑うのである。

何故笑うのかが全く解らない。

そういう造形ではない。

・・・・ああ、そこを考えろってことなのかしらね。

小さい「考える人」よりも、外に展示してある、大きい「考える人」のほうが、より、キュビズムっぽくなっているという気がした。

顔も、少し違う。やっぱ、素地(粘土の段階)は、手で作ってるんだろうな。

ミニ方は、お顔が、体の筋肉の大きさと比較して、小さすぎるという気がする。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

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