◆◆◆ 1750 ★ 屋台を仕入れる ◆◆◆

インターネットラジオFM北千住 ときどきゲリラ的に収録・生放送(あとはいつでも見れますよん)

2013.5.4

そう、2-3日前から、お粥屋をやろうというアイディァを思いつく。我ながら天才だわ。

屋台って、いくらぐらいするんだろう。と思い、早速ヤフオクをチェック。

入札価格25,000円で2個出ている。

一つは、鉄板、ひとつはおでんなどの煮物用のワゴンカーである。

コンパクトで、扱いがよさそうだし、お店のショーケースのコーナーにピッタリ収納できるサイズ。

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・LPガス仕様

・サイズ:幅46×奥行78×高さ128cm

・ボンベ置き場:幅20×奥行20×高さ35cm

ふむふむ。

送料は約10000円。

これぐらいの値段で仕入れられるのであれば、買いだわん。

新規事業スタートとしては安価と思う。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

この後、屋台営業についても調べる。

保健所の許可、

だいたい11.000円ぐらい。

警察の道路利用許可書。2000円ぐらい。

商店街の許可かぁ。取れるんだろうか?

それから、地元を牛耳っているお兄様方への配慮金などと書いてある。

うむむむ。

ここに関しては、どうすればいいのか全く理解できない。

千住は、古い町だからね。

はぁ。今、このことを考えるのはよそう。

とりあえず、この分の費用が無いことや、ワゴンが届いたら、プロパンの契約しなきゃならないし、それにも、いくらかはかかる。

それから、試作品を作るにしたって、1回で何杯ぐらい作れるのかをチェックして、経費の計算しなくちゃならないしね。

初回、そんなに作って、売れるはずもないし。

どうしようかしらね。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

何故、粥なのかという話。

個人的に、お粥が好き。

ギャラリーを始めて、リーマンショックが来た頃、アタシは、闇雲に絵を描いても愚作が積みあがるだけで、仕方がない。という理由から、作品を作るのをやめ、帯を作ったり、ゲタの鼻緒を挿げ替えたりたりして過ごしていた。

そんなとき、胃袋の4分の3を取り除いた男が訪ねてきた。

いつも、ビールを飲んで空腹を満たし、栄養失調で倒れては病院で点滴を受け、(金があるのか、そのたびに)生き返るという生活を繰り返している爺さんで、

アタシは、彼が来たときには、いつも、粥を炊いてあげていた。

500円でお粥マシンを仕入れて、半盒の米を炊く。

彼は胃袋が小さいので、その僅かな粥を、2回に分けてゆっくりと食べるのだった。

アタシも、彼からは、お粥一杯500円しか取れなかった。

そうだろう。それだって、原価から考えると、随分と高い品ではある。

そういったことが、何ヶ月か続いた時期があった。

そう、その男は、ある日、「俺に近寄ってきたのは、どういう目的だ。金か?」

と詰め寄ってきたことがあった。

私は、その男が、私の処を訪ねてきたときに、家族構成もろくに思い出せないほどの痴呆の症状だったので、少しケアをして、脳を直してあげたのである。

改善の具合を見た感じでは、認知症というよりは、脳卒中系の、小さな神経の破損が原因じゃないかという回復具合。何日かで、家族の話も正確に私にできるようになってきたので、追い出したということになる。

という自覚症状が男にもあったため、

「アナタが、ウチに来たときにには、家族のこともろくすっぽ思い出せなかったからさ、少し直してあげたのよ。感謝して欲しいわ。アナタも(ボケてきた)自覚症状があっただろう。(しかも、今はハッキリと思いだせるようになってきた)」

そういうと、男は、大きく頷いて、しばらく、言葉を発せずにいた。

そうだろう。こんなに親切な人は、世の中にはいないよ。

イロイロな事情があり、その男は別のエリアに引っ越したこともあり、見かけなくなったが、男は、アタシのことは忘れないだろう。

その話を彼づたいに聞いた近所の飲み友達は、アタシの処に寄っては、その男に、絵を高く売りつければよかったんだよなどと口々に好きな話をしてゆくのだ。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

というのが、粥にまつわる、私の話である。

近隣の老齢化を勘案しても、需要はあると思う。

作ったことがあるあなたならわかると思うが、粥を作るというのは、実に面倒なのである。

なぜなら、まず、米を炊かなくてはならないからである。

一人で暮らしていると、そういった話が全て面倒になる。

別な人で、近所のM爺さんは、いつもパンを買っていた。

そう、パンであれば、調理せずに、そのまま食べられるからである。

今思えば、彼は、別段、食べたかったということではないのだ。他に、食べられる品も売ってなかったし、何も食べないわけにもゆかない。

かといって、調理するのは面倒くさい。

実は、そういう人は多いんじゃないかというのがアタシの推測。

M爺さんは、家族との同居を頑なに拒み、一人で天国に召された男だった。

毎日、ショッピングカートの椅子に座りながら、何時間もかけて近くのスーパーに買い物に行くのが決まりであった。

生きるというのは、老いて尚、カンタンではないのである。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

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