◆◆◆ 1472 ★ コンテンポラリー作家としての決意  ◆◆◆

2009.12.23 更新

画家になる決意というのは、確かにあった。

それは、もう、ワケが解らない、たぶん、狂っていたのではないかという決意である。

誰も、アタシが画家になるなどとは思っていない。

それは、アタシすら、未だ、実現するとても思えない。

が、決意というものは、確かにあったのである。

ある種の勘違いや、前に突き進む破天荒さがないと、画業など続けることはできない。

コンテンポラリーアーティストとしてはどうなのか。

作品は、一転し、もしくは、全く、作品でもなくなりつつある実態を、客観的に分析する時期なのか。

(洋画に)戻ることはできない。

それだけは確かである。

ら・おじゃらの第二号は、銅版画にするのか、それとも、コンテンポラリーにするのか。

銅版画は駄作ばかりで、見るべきところがないから、コンテンポラリーにすべきなのだと思う。

どの作品も、写真すらちゃんと撮影していない。

はぁ。

作品、随分増えちゃったよなあ。

オシオッサさんと一緒に作ってるのもあるし。

どう考えればいいのか、全く不明。

彼女は、元気なんだろうか。

まだ撮影していないけど、最近の作品には、傘の骨で作ったオブジェというのがある。

今、外のショーケースに飾られて、

新作です。

と、解説すると、みんな、眼をパチクリさせ、息を止め、この作品は何だろうと近づいて、何分も作品を見るのだが、結局何だか解らないという、深い作品である。

たはは。

この作品には意味はない。

みたいなね。

傘の輸入本数は、1億本以上なんだって。

スゴイよね。

もうすでに、家に、5-6本はあるのにね、さらにまた、イッポンずつ買うという計算である。

エコ作品なの?

画廊を見学したいという人がいて、まこと喜ばしい。

あとは、参加作家さんがもう少し増えてくれば、画廊に望むことはない。

お留守番を何回かした作家さんは、どの人も慣れてくださって、こちらも、説明なども必要なくなってくるし、作家さんは作家さんで、お友達を誘い、コーヒーなどを飲んで楽しむという流れができてきている。

アタシに用がある人は、勝手にやってきて、相談をしてゆく。

私としては、営業が続けられれば、収益性については、それほど重視していないのだ。

画廊で儲けてしまったら、絵で稼ごうという気が失せてしまうからである。笑。

おじゃら画廊

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