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2009.8.13 更新

梅原龍三郎かぁ。

一時は、憧れていたけどなあ。

一時なの?

嫌まあ、一時ってこともない。

正確には、彼の、ルノアールのアトリエに行った時に、ルノアールが、どのように、何色で絵を描いていたのかを説明する文を読んだ。

日曜画家だったアタシは、色彩を手に入れた。

ルノアールと同じ方法で、同じ色を使った為、色がキレイに作れるようになったのだ。笑。

スゴイよな。

本って。

そのときの図録は、まだ手元にある。

もう開くこともないし、ルノアールの絵よりも、谷内六郎の図録の方が、ずっと絵の勉強になる。

どちらも、エロ・グロ・ナンセンスの微塵も混じらないのに、人の心を惹きつける。

アタシは、その、「印象派のパレット」を中心に絵を描く様になり、そのあと、自分の出したい青とか、赤は、どうすれば作れるのか、絵の具の混ぜ方や、色の配分なんかを決めて、時々、安売りの絵の具が混じったりして、今の作品になっている。

最近赤が長い時間無くなってしまい、絵を描こうとするたびに、赤い絵の具がないことを思い出して、気が狂いそうになり、そうして、別な色を使ったりしたため、作品が、ちと、違う感じになったりもした。

ああ、あれは、古い絵の具を買ったからだよな。

もう、固まってたから。ああするしかないという絵の具もいくつかはあった。→ハサミで輪切り。

そうだよなあ。

油絵の具をハサミで輪切りって、やっぱ、スゴイよな。笑。

それもこれも、木村林吉センセイの作品を見たからであり、そういう意味では、やはり、木村先生が、オジャラの作風を激変させた、最も影響を与えた男ということには間違いがない。

木村先生、93歳、

もう、耳が遠くて、会話ができない状態なんだけど、作品というのはすごいね。センセイと話さなくても、センセイの絵を見れば、学ばされる。影響を受けないということがない。それが、ホンモノの作品ということになる。

最近は、加筆して、全体のクオリティーをもう少しあげられるようになってきたし。

全体的に、作品の品質が高い所で安定してくるようになれば、もう少し売れるようになるはずなのだ。

梅原龍三郎の絵の話に戻れば、やっぱ、薔薇が一番好きかな。

女の絵もまあ、いいかな。

どうかな。

薔薇かな。やっぱり。

沢山売っただけあって、上手いもんね。

はは。

女の絵は、高そうだしね。今度、模写しようかな。

模写するのであれば、ピカソにしよう。

みたいなね。笑。

そうだよね、やっぱ、そうなるよね。

それは、仕方のないことなのである。

風景画は描いてみよう。

アタシにしか描けない絵になれば、それはそれで、アタシの業なのだし、絵が大きすぎて、カンバスに入らないという理由から、今まで一枚か二枚しか描いたことが無かっただけである。

放哉を完成させてからにしよう。

あれはあれで、練習になるし、絵の構成力がつく。

梅原の風景画は、別に好きじゃないけど、薔薇ほどいいとも思わないが、まあ、中国のシリーズなんか、色が独特で、どの絵も梅原の絵だという確固たる特長を持ち、

それは、間違いなく画家の絵なのである。

画家の絵かぁ。

目指すべきところは、間違ってないと思う。

木村先生に会わなければ、古い絵の具を5万円分も買わなければ、まあ、自分の画風みたいなものを、もっと育てたのだと思うけど、古い絵の具5万円分(数百本)は、もうすぐ、使い終わるのだ。笑。

そうしたら、また、前の絵に戻る可能性は高い。

理由は、絵の具の仕入額が高くなってしまうからである。

またでないかしらね。古い絵の具の閉店処分品みたいなやつ。笑。

それにしても、スゴイ数だったよな。売りに出ていたのも。

今まで使ったことのない高い絵の具もイッパイ入っていた。(カチカチ)

粉にして、練ってもヨカッタんだけどさ、ハサミで輪切り、チューブごとの方が、インパクトあるもんね。汗。

ああ、また、古い絵の具の話に戻ってしまった。まあ、梅原先生というのは、アタシのノウミソの中では、古い絵の具の優先順位に負けている。ということかもな。

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