◆◆◆ 1318 ★ 絵を買えば、全てが解決するのか? ◆◆◆

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2009.5.27

最近、長い時間、ギャラリーに滞留するお客様が多い。普通は、月に一度ぐらいなのだが、もっと頻繁に来る方もいて、そういう方は、どの方も、アタシの絵のことも、芸術のことも、全く解らないと言う。

私への資金的な援助のため、何がしかを買いたいと申し出てくる方もいらっしゃるのだが、サッパリと、解らないという顔をされるので、その申し出は、断られることになる。

「欲しくないのであれば、別に、買って頂く必要はないんですよ。もっと欲しいと思える、他の作家さんの作品を買ってあげてください。

私の絵はね、私の絵が好きな方が、スっと入ってきて、買っていく絵なんです。

別に欲しくもなかったけど、義理で買ってあげたと言われ続ける絵が、世の中で一番可哀想です。」

その人には悪気はないのだけど、「義理で買ってあげた」と、一生言われ続けるのだ。

なんだかね。

買いそうな気配を見せた来客を一蹴してしまうので、買おうというムードは消えてしまう。

商売に向いてないのかもな。

それでも、絵というのは、どうしても欲しくて、わざわざ足を運んで買いに行くものだと思う。もしくは、いい作品との出会いを求めて、探し回る。

そういう絵にならなければならいし、自分の作品を見れば、まだ、それ程の絵だということでもない。

だから、売れないことは仕方が無いのだけど、同情でムリして作品を理解しようともしない人に売るぐらいなら、他の仕事で、収益を得て、絵の具代を稼ぐほうがマシである。

まあ、買おうとしてくださる方は、まだいいのだが、店を開けていると、絵を見る気も買う気も無いという人も入って来る。

驚くべきことだが、店というのは、奥深い。

ギャラリーなのに、絵を見る気も無いというのは、いったいどういう事なんだろうか。

最低でも、作品ぐらい見て欲しい。もしくは、作家さんであるとかね。どちらかでないと。笑。

絵に関心がない人に長時間店内にいられると困るので、対策を考えないとならない。

理解する気が無い人には、その先がないのよ。

「あなたの絵は、全くいいと思わない」

「この絵は、全く理解できない」

という気持ちを、

「何故、私が、この絵を作ったのか。一体何を表現したかったのか。何故、この表現だったのか、どうして、この作品を後世に残そうとしているのか」

そう考えてくれる人を、少しでも増やさなければならない。

そのきっかけになるのが、ギャラリーということになる。

もし、買う気も、理解する気もないのであれば、その人にはお帰り頂いて、その時間、一人で絵を描いているほうが、アタシの為である。

逆に、少しでも、絵のことや、芸術のこと、何がどう評価されているのかを知りたいと思う人が訪ねてくれば、アタシは、説明を惜しまない。

「表現の自由」と、一言で済む話だが、自由な表現の作品というのも、そんなに多くはないのである。

まあ、ゴッホとルノアールが好きという人に、アタシの絵の説明をするのは、何時間もかかってしまう。

そうして、やっぱり、全くいいと思わないと言われてしまうので、もう、説明するのも面倒くさくて、新しい絵を作る気にならない。

このまえ描いた、唄う女は、郵便局で見たという人に、「あの絵は、よかったです。郵便局の待ち時間、ずっと見てました」

という評価。

オジャラ「心が行き届かない絵で申し訳ないです。もう少し塗りたいんですけどね。なかなかよくならなくて。」

という会話。

見てくださってありがとうございます。

絵というのに説明は要らない。

郵便局には、他に見る物ないので、ずっと見てしまうだけだろう。うん。

そういえば、奈良良智さんが話されていたけど、絵というのは、ずっと見続けていられる力を持っていなければならないのだそうだ。

そういう絵にならないと。と話されていた。

確かに、見続けられない作品というのも無いわけではない。そういう絵に囲まれているギャラリーは、そそくさと退散するに限る。

そういう意味では、絵や展示というのは正直だ。

アタシは、この絵は好きじゃないけど、見ているのは嫌でないという展示のときには、必要以上に長居をしてしまう。

それは、画力があるってことに間違いが無く、ウチに長い時間滞留する人が多いってことは、絵がいいってことなんだと思う。

おじゃら画廊

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