◆◆◆ 1309 ★ 陶芸作品を作るかどうか ◆◆◆
2009.5.16 IH茶人となり、静岡の知人が、粉のお茶を送ってくださった。 東京のお茶屋さんの抹茶は、不味いのよ。笑。 まあ、仕方ない。 千住で茶人という話は聞いたことがない(から需要がないし、アタシが買う粉は低予算だからである。 作法は全くできないが、泡立ては流石に上手くなって来る。 泡立ちに重要なのは、粉の量、湯の温度、茶椀の厚さによる、湯の冷め具合の三点である。 茶椀により、湯の温度が下がりすぎると泡立ちが悪くなる。 であるからして、ブ厚い茶椀の場合、少し、茶椀を温めなければならない。 ところが、マイ茶椀は、薄く作っているので、そのままポットでお湯を入れて泡立てるだけでも、適温となり泡泡なのだ。 |
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あとは、粉を、茶を点てる直前にふるうことかな。 この、「粉をふるう」という作業は、素人にもちゃんとした泡をもたらしてくれる。 以前、茶の点て方の見本を見せてくださった方は、濃茶を多めの湯で立てるのが一番旨いと教えて下さったので、アタシも、そうすることにしている。 急須でお茶を入れると、茶殻がでて、後始末が面倒だけど、粉茶の場合、全部飲めて、後片付けもラクチンである。 自作の茶椀で、お抹茶を出すと、来た人は概ね喜ぶとか、最低でも、茶椀を褒めたりするわけで、それは、正しい茶道と思う。 どの人も、茶椀を回そうとし、右とか、左とか、そういう話になってしまう。 だから、「気遣いなく、楽しくね」という話にし、それでもところどころは、何故茶椀を回すのかとか、飲み終わる合図として、音を立てて飲むとかいう話に流れるのだ。 これは、正しい茶道だよ。うん。笑。 |
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茶椀とか花器というのは、実はよく売れるのだ。 だけれども、皆、そこで(安価な作品購入に)満足してしまい、絵が売れなくなってしまう。 最低でも塑像を売りたいのよ。 そのためには、陶器の作品など、置くべきではないのだと思う。 ギャラリー業というのは奥深い。 でもまあ、欲しいという知人がいれば、作ると思う。 作品を作り進むと力が上がるし、売れる予定があるのであれば、確実に収益があるので、そのお金で、また、新しい土を買い、釉薬や焼きのお金に回せるからである。 2009.5.18 今日は、抹茶茶椀を4個作る。 2個注文が入り、2個は、贈答品とか、お店でお茶を出すのに利用しようと思う。 アタシの作る茶椀に、ワビもサビもない。 大切なことは、主が、精一杯のおもてなしのために準備をするということなのだ。 粗末な茶椀だけど、一生懸命に作った器である。 |
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造形というのは、本当にごまかしの効かない世界で、今回作った4つの茶椀は、どれもよく似ている。 誰が作っても、大差ないという気もするが、手の持つ形というのは、確実に、結果に出てくるってことなんだと思う。 もう少し作り進んで、「おじゃらく茶椀」を完成形にしたい気持ちでイッパイだわ。(正統派のらく茶椀とは異なる品です。ご了承下さい) 茶椀とか、作陶というのは、誰が作っても同じようにおもうかもしれないけど、やっぱり個性というのは出てしまうものなのだと思えてくる。 お茶を点てない人には、抹茶茶椀の難点というのは理解できないに違いない。 イロイロな茶椀で、泡を点ててみると解るのだが、同じ環境なのに、泡の力が違ってくる。 夏か冬かというのもあるし、いつの時期であっても、それなりに、上手く点てられるというのは、ある種の技術なのだと思う。そういう、修練を積んで、経験値があるから、失敗しないということだ。 |
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