◆◆◆ 1305 ★ 日本イラストレーター協会展-2 ◆◆◆

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2009.5.11

協会展のお留守番の方が、右の絵を見たお客様の話をしてくださった。

何でも、自分は、物凄く高い額を持っているのだけど、この絵に合わせてみたいのだそうだ。

笑、

よく解らないけど、アタシの絵は、高い額にも負けないわ。うふふ。

この絵の良さが解ってくださる方が、見てくださってヨカッタね。

ちゃんと見る目がある人であれば、アタシの絵の良さに必ず気づく人もいるはずなのだ。

まだ、その人と出会っていないだけである。

その日は必ず来る。

だから、焦る必要はない。

大切なことは、ヨイ絵を描くことであり、

その前に、ヨイ絵とは、何かを知ることである。

正確には、絵を集めている人が、何を持って、ヨイ絵と評しているのかという情報を集め、整理し、まとめることだ。

そういった、一般的な話と、自分の画風や、進みたい道などを勘案し、自分の画業というのは形成されてゆくということになる。

自分の絵を、他に押し付けるだけでは、その絵は一生売れることはない。

おじゃらはこの絵を出品しています。

この前、不忍画廊さんに、作田先生の展覧会を見に行ったときの話。

長谷川リコウさんの画集を拝見する。

画廊「おじゃらさんも、このぐらい描けるんじゃないですか」

と、サラリとした裸婦を指差す。

オジャラ「ああ、この程度ならね、でもまあ、この絵をアタシが描いたからといって、売れないんですよね。

アタシの絵というワケでもないしね、アタシの絵など、誰も欲しくはないんですよ」

画廊「ああ、リコウだから欲しいんですよね」

人間の物欲というのは、その程度である。

逆に、知名度さえ上がれば、絵がダサクでも勝手に売れるというマーケット。

売る側にしては、売り易い。

リコウに似た絵を描いたとして、たとえば、それがリコウのパクリ絵だとは気づかれずに、売れたとしても、嬉しくもない。

買う側の勉強不足ってことになるけど、買う人の方が、描くほうよりもよっぽど勉強を進めている。

それは、創作者が、技法についてなどの知識や、画家が習作をしている時間にも、彼らは作家に関するの勉強だけを続けるからである。

見る力をつけるという作業は、ヨイ絵を作るという作業よりも、ずっと楽なのだ。

だから、いつかは、パクッた絵など、バレてしまうものなのだ。

しかも、そんな気概で画家になどなれるはずもない。

そうして、最近のイラストといえば、相手が区役所というか、絵の素人というか、見る人も大衆ということもあり、無難な絵しか描かなくなってしまっている自分が情けない。

でもまあ、これはこれで、絵の具代のため。

酒のため。

別段、作れといわれれば、何でも描けるようになってきていて、それはそれで、ベンリではある。

特に、油彩と違って、ペンとかクレヨンなどでの表現は、動きなどが顕著に現れるようになってきていて、それはヨカッタなと、内心思っている。

あとは、そういう、瞬間表現的な、細やかな絵が、油彩に現れてくれれば、自分の目指している方向に、間違いなくすすんでゆける。

なかなか、油彩の技巧が上がらないというだけである。

塑像を油彩にするという試みもスタートしたし。

今年の夏の個展に向けて、新作を作らないと。

おじゃら画廊

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