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2008.12.10.更新

上村松園というのは、女流画家である。

紹介していたのはこの作品。

青眉(せいび)という作品。

江戸時代後期、人妻は、眉をそり落としお歯黒をするのが流行っていた。

緑色の口紅というのも見たことがある。

ようするに、もう、人妻なので、手を出せないという、そういう見分けをハッキリとさせるための装飾の1つである。

バリ島にいた時だって、独身女性は、髪を垂らし、主婦は、まとめて、結い上げなければならなかった。

欧米であれば結婚指輪をするし、まあ、そんなところである。

オジャラは、最近陶芸の方が優先順位が高い上に、あちこちでとりはずしたりすると失くすという理由から、指輪もしないことに決める。

人生には、優先順位というのがあるのだ。結婚指輪をしているために、折角よくできた造形が崩れてしまうと言うことが納戸もあり、そのたびに絶望的な気持ちになるのであれば、しないほうがマシである。

松園は、10代の頃から、京都の日本画のセンセイに師事し、絵を本格的に習ったのだと言う。

京都にいたら、モチーフもさぞかし多くて、着物文化とかも含めて、大いに創作意欲が沸くに違いない。

そうして、それまでは、浮世絵をモチーフに、彼女のスタイルの日本画を多く描いていたのだが、母がなくなった直後に、この絵を描いたのだという。

毅然とした女性の、凛と生きる姿をである。

ホントウに丁寧に描かれた、美しい絵であり、風俗を写すものでもあり、日常の中にある美しさが溢れ出ている作品だと思う。

彼女の作品は、浮世絵のパクリ(販売用に描かれた作品)、もしくは、日常の瞬間表現を捉えた傑作のどちらかに分かれる。

であるからして、見るほうは、目をこらして、こちらは、どのジャンルかをシッカリと見極める必要がある。

嫌まあ、どちらにしたって、晩年にいくほど、細やかな筆運びというのが極まってきて、これが人間の作ったモノなのかと関心させられるばかりである。

後半は、民族的な生活感溢れる瞬間表現をモチーフに傑作多数であり、文句のつけどころがない。

そうして、ああいうのを絵画というんだよなと納得しながら、自分の絵の下手さについて考える。

考えても、急には上手くならないわけで、やはり、ひたすら描くしかないのだと思ったり、絵の道など、やめてしまおうかとも思うのだ。

オジャラよ、比べる相手を間違えるな。

はぁ。

大切なことは、松園先生の絵を見ることができ、その凄さに気づける能力があるということである。

そのことに感謝し、今できることをまた少し進めてゆこうと思うのだ。

そうして、この絵のモデルさんが着ている半襟とか、着物の襟に黒い布をかけたりしていて、その間に、小さく細い襟がのぞいていて、決して派手ではないのに美しいものだと思ったりもする。

それにしてもね、眉をそり落とすという装飾文化がスゴイよね。

今の若い女性が、眉を薄く、吊り上げて書いているのを見るにつけ、どうにも、顔が怖くなっているため、殿方を寄せ付けないんじゃないかと内心思いながら、こういう、江戸時代の眉をそり落とす文化などの影響も残っているのかもしれないという考えが頭をよぎる。

まあ、どちらでもいい。

そのとき、その瞬間を生きている人が、幸せなのであればそれでいい。

眉を細くそれば、キレイに見えるという、ある種の幻想のような流行に乗せられ、それ以外は、(ファッション的に認められないというような)違和感を持つというぐらいまで、流行を広めたメディアというものには拍手を送りたい。

人間の優先順位というのは、日夜進化をしてゆくのである。睫毛に、三種類のマスカラを使い、睫毛を長く見せたり、キラキラと光る品を爪に大量に貼り付けたりすることが、米を研ぐよりも大切なのだから、それはそれで、受け入れるしか仕方が無いのである。

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