◆◆◆ 1253 ★ 東京コンテンポラリーアートフェア ◆◆◆

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2008.11.24.更新

去年は忙しくて行けなかったんだよね。

東京美術倶楽部で開かれた、東京コンテンポラリーアートフェア。

収集家として、一年で見るとすれば、ここだけでいいという展覧会と思う。

現代作品の展覧会というのは、まだ受け入れられる人は少ないのかもしれないけど、化石のような美術品と比較すると値段だって安いし、

新しさという点では優れた作品も多くあった。

創作活動に、もし、新しさが欠如しているのであれば、後世に残ることは無い。

入り口を入ると、ギャラリーMOMOさんのブースがあり、女将さんが声をかけてくださる。

あら、

MOMOさんは、両国にも新しいギャラリーをオープンされ、現代系の企画は、主に、そちらにシフトするのだという。おめでとうございます。

女将さん「画廊ができると、なかなか出かけられませんよね」

オジャラ「お互いにですね」

という会話。

拘束時間が長いため、その他の活動が低迷というのが最大の悩み。

でもまあ、全く時間が無いという事でもない。

特に、アタシの場合、本業がアーチストなので、本業重視。

店は、ある程度の期間、継続的にオープンしていれば、それで良しという方向で、当面は進めることにする。

平日にはほとんど人は来ないし、来たとしても、別段、絵が売れるということでもないのだ。

ウチのギャラリーの作品の購買決断ができるひとは、それなりに歩いていて、絵の相場観を持っている人に限られる。

デパートの印刷なのに版画だなどと言い張った作品の値段と勘案したって、ウチに置いてあるのは、どの作品も、作家さん直筆作品なのだから、悪くない筋だと思う。

しかしながら、デパートの、本当は版画じゃないのに、版画もどきとして売られている作品の方が売れてしまうというのは、全く驚くべき話である。

それは、場というものの演出の上手さや、買う層が素人だからであり、例えば、ウチの作家さんの作品がデパートよりも安いとしても、ウチの作品には信用がないという話みたい。

まあいい。

額縁屋のオヤジの話を思い出しても、ウチに来るお客様やなにかでも、たとえば、父であっても、

デパートで買えば、どの絵にも価値があると勘違いしているのである。

印刷物に加工を施して、複製画として販売したとしたって、苦情が来たことは一回もなかったと言っていた。

価値を意識している人は、デパートでは買わないからなあ。

そうして、デパートで9万円で販売されているという額付きの印刷物を買おうとしている人が、アタシの油絵の値段が3万円だったため、そんなに安い絵はウチには置けない。

などという暴言を聞かされるのであるから、絵の販売とは奥深いと思うのだ。

安すぎてもダメだと言われるし、同じ値段でも、高いと言われることもある。

価格の設定の決断を、どう進めてゆくのかというのは、どんな画家にとっても最大の難問なのだと思う。

何年か、アート市場の研究をしてきて、ハッキリと解ったことは、絵など、一生買わないという人も、世の中には沢山いるという事実である。

見るのは好きだし、ポストカードやポスターは山のように持っていても、実物の絵は買ったりはしないのだ。

印刷業界とアートショップの勝利。

そういう人に向かって、絵を売ろうとしても、売れることはないのだから、もっと、ちゃんと、絵のことを受け入れて、一生に一枚ぐらいは持ちたいという人と話しをするべきなのだということは理解できた。

画廊業というのは、ムリに絵を売りつける商売ではない。

お客様が、欲しいという絵を置くことだけが、生業なのである。

であるからして、買うつもりもないお客様とお話をするというよりも、ヨイ作家さんを集めて、ヨイ展示になり、魅力的な売り場になれば、お客様は勝手にやってくるということになる。

地元を中心に頑張っている作家さんばかりだから、きっと、そのことは、ギャラリーを営業しつづければ、だんだんと伝わっていくと思う。

大切なことは、まだ、相場観を持っていないお客様にも、相場観を持ってもらうため、デパートや、銀座の画廊を歩いてもらうことである。

画廊が怖くなくなって、相場を身につけた人は、みんなウチのギャラリーで絵を買いに戻ってくる。私も、作家さんも、両方頑張っているし、お客様にもそのことが伝わるからである。

おじゃら画廊

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