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2007.7.15

たらちゃん

早いもので、また日曜日が来てしまう。

昨日は、日本イラストレーター協会の、デザインフェスタのチームで打ち合わせた内容で、2ページ程、お手伝いのWEBページを作る。

午後は、台風なので誰も来ないだろうと思い、前から頼まれていて、なかなか着手できなかった、通勤電車さんの名刺用イラストをギャラリーで描く。

カラーインクのキットを持ち込んで、ハーネミューレに描画。

名刺サイズだというのに、あれもこれも入れろというので、思案。

デザインの仕事をしていると、お客様というのは、いつも、沢山の情報を限られた紙面に入れたがるなと思う。

嫌まあ、それを、センスよく、解りやすく作るというのが、デザイナーの仕事だからさ。

デザインのセンスというのは、イラストや絵画よりもよっぽど金になるという現実を知れば、そっちも頑張ろうと思うのは普通の感覚である。

作っていて、廃材を使った立体作品の方が、アドレナリンが多く分泌されるというのとは別な場所にある。

そのあと、なかなか進まなかった作業に着手、

ギャラリーで販売するため、袋詰めをする絵と、しない絵を選り分ける。

袋詰めしない、駄作を加筆しようと思い立つ。ハーネミューレは練習用にするには、お高いのよ。

2年前に描いたリンゴの絵。

何でこんな絵を描いたのかなあ。

そうして、浜口陽三のさくらんぼやスイカの版画の事を思い出し、あれが50万とか、180万というのは、買うほうが間違っていると思わないわけにはゆかなかった。

嫌まあ、3万円なら買ってもいいかなあ。

物すごい金が入って来るようになったら、ベルメールを買うぜ。

というように、アタシが、浜口陽三を買う日は遠い。

それから、マツモトシュンスケの素描が400万円もすることを思い出し、何でかなあと思いながら、どんどんと作品を作ってゆく。

ある絵は、墨の素描に色をつけてみたり、頂いた薔薇を思い出して描いたり、どうしようもないスケッチ作品の裏に、新しい絵を描いたりもする。

どうしようも無い絵だよなあ。

まあいい、

「カンバスの裏にも描く、窓にもブロック塀にも」

という俳句は、いつも見える場所に立っており、失敗した絵の裏に、違う絵を描くのは当然だと思えてくる。

現代アーティストの無法地帯  オジャラ句。

創作というのは、何をやっても良いのである。

そうして、見るほうは、新しいもの、楽しいもの、ハッピーな気持ちになれるもの、面白いもの、未知のもの、

まあ、そういうものを求めて展覧会を見て歩いているのである。

そういった自由な表現の中に潜む、作家の創作への挑戦。

見る人は、それだけを探している。

この絵は、良い紙に描かれていた。

二年も乾燥させると、さすがに、墨で描画した線が、加筆により滲んで広がってくるということはなかった。

でも、色付けに失敗。

目から、ブルーのインクが流れ出て涙のようになってしまう。

「クラリネットの天使が泣いたり笑ったり おじゃら句」

猫や、右肩に花を描き加える。

なんとなく、画家になれるような気がしてきた。

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