◆◆◆ 686 ★ 父との会話 ◆◆◆

2006.4.30

父が本を出版した。

文芸社とかいうところで、6月に発売されるのだそう。

なんていう本かなあ。

何でも、本を出版するのに、160万円も支払ったらしい。

アタシには考えられない額だが、話題の東部株(新東京タワー)で儲けたお金なので、構わないのだそう。

父はどんな人間かといえば、仕事以外の日はせっせとバイトに励み、金を貯めては、年に3回くらいの海外旅行を長年続けてきた男である。

特に写真が趣味(というか、昔はカメラマンだったこともあり)で、父は重いカメラを2台かついで、何処にでも出かける男であった。

写真付き旅行記ねぇ。

アタシ的には、HPで写真を公開することを随分と前から勧めていたのだが、著作権云々の話で、なかなかやる気にならないなどと、気取った話をしているのである。

まあいいか。

オヤラーなどと呼ばれ、親子で有名になる日は近い。

この日は、母の起案で、三人で墓参りに行くという計画だったにも関わらず、母は来なかった。

一日間違えていたということのようである。

しかも、電話は通じないし。

電話に出ないというライフスタイルは、遺伝子により継承されていたんだわぁ。

遺伝じゃ、仕方ないよね。汗。

そんなこんなで、結局父と3時間も話しをしなければならなかった。

まあ、本の出版条件とか、本屋に置かせてもらえる話とか、新聞に広告が載る情報なども得る。

売れるとも思えないが、作らないよりは、作ったほうがマシである。

早くも二冊目をなどとおだてられ、出版社の口車に乗せられているんじゃないかと思えてくる。

まあいい。自分で稼いだ金なのだから、好きなように使えば良い。

「どんな文であっても、必ず本という形にして、出版してあげてください。」

私が電子本を出版したときに、元出版社の方が、励ましてくださった言葉を思い出す。

どんなに勇気付けられ、私の文筆活動の支えになったことだろう。

ありがとうございます。感謝します。

仕方が無いので、二人で墓参りを済ませ、蕎麦屋で食事をし、解散したあとに、母から、「お電話頂いた?」などととぼけた電話がかかってくる。

母よ。心配して損したぜ。

写真になると、それほど良くないんだけどさ。

その後、アトリエで油彩を作る。

今日は、50号の大作の総仕上げ。

イエローのラインを引きなおし、ステッチを入れてゆく。

ステッチは、一色にするのか、二色にするのか悩むところであるが、二色にする方が、遠くからもよく絵が引き立つという結論。

が、一日だと疲れすぎてしまい、絵が乱れるので、とりあえず、今日の所は一色にして、他の絵を完成させることにする。

左の絵は、ベニヤ板を白ペンキで塗った上に、油彩で描画。

うっひょー。

なんという透明感。

カンバスに描いた絵と比較すると、板が、ツヤツヤとしていて、絵の具の透明感が際立つのである。

なるほどねぇ。

アタシは、こういう色を作りたかったのだと確信した。

カンバスの上に漆喰などを塗り、それをピカピカに磨いてから絵を描くという話を聞いたことがあるので、今度は、それをやってみようと思う。

流石にペンキでは、高値では売れないが、下地に凝ると、絵の存在感がまた違ってくるし、オーラ増量に決まっているからである。

バラの花も快調に描き進む。

なんだかんだ言っても、薔薇は売れる。

絵画購入初心者は、薔薇からスタートと決まっている。

梅原龍三郎だって、中川一政だって、ルノアールだって何百枚の花の絵を好んで描いていた。

花の生命感というのを、いつも身近に描き取ることで、描画の力は上がってゆくんじゃないのかなあ。

などと、自分の気持ちを切り替えて、現実から目を反らさない線で、イロイロな絵を描こうと思う。

イラストの仕事なんて、頼まれて作るワケで、どの絵だって描きたいと思ったことなどないのである。笑。

いやあ、その中でも、自分らしさを出そうとか、笑っていただこうとか、もっと欲を出して、いい絵を描こう。

そういう気持ちはある。

それでも、油彩のように、何もかもから開放されて、好きな作品作りをする時間があるということが、誰よりも幸せな瞬間なのだ。

そうして、自由に創作活動ができる自分は、本当に恵まれていて、そのことに感謝の気持ちが溢れてくるのである。

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