◆◆◆ 622 ★ ドローイング再開-2 ◆◆◆

2006.1.27

もう少し、イロイロな絵を描きたいと思い、風景画に挑戦することにする。

地球の歩き方のバンコク編を見ながら、相変わらずつまらない写真だと思う。

まあ、読者の投稿写真に頼っているという、予算的事情もあるけどさ。笑。

日本の図書館という図書館に全巻置いてあっても、儲かっていないというのであれば、それは、経費を使いすぎてるぜ。

まあいいか。

どちらにしたって、気の利いた風景などあるはずもなく、仕方なく、寺の写真を描くことにする。

梅の湯よりは数段良くなっている。

やはり、貝殻やクロッキーを繰り返すと絵が上手くなるという話は本当なのかもしれない。

色を塗れば、もう少し、建物らしく見えると思う。

それにしたって、風景画って、つまらないよねぇ。笑。

それでも、描けるのと描けないのとでは、来る仕事の量が違うんで、もう少し力を入れて、世界の風景なんかを練習しようと思う。

イラストの売り込みなんかには使えるからね。(売り込みは、自分からはしないんだけど、ネットで露出していると、探している人が勝手に流れてくるんだよね。)

風景画の一番の問題は、アタシの絵という気がしないところだろう。

誰が撮影しても、同じように撮れる風景なんだけど、この人が描くと、スゴク個性が出る。

「あ、オギスの絵だ」とか、「ユトリロの絵だ」みたいなね。まあ、ユトリロの絵は、パクられまくっていて、どれが本人のか識別不能ってくらい、ビミョーなポジションにあるんだけどね。

とにかく、そういう絵にならないとさ、存在しないのと同じなんだよね。

人物とかネコと比較して、風景というのは、個性の投入が難しいとアタシは考えている。

もう少し練習が進んだら、もっと、シュールな絵も描いてみたい。

そうして、やっぱり、女の絵の方が、描いていて楽しいぜと思いながら、ほっぺを四角く入れる。

四角いほっぺを描くたびに、リーウーファンの絵のことを思い出す。

そうだよ。これは、リーウーファンの、イナバの物置風のグレーの■の影響なんだよ。うん。

などと、今更ながら、そんなことを思いながら、リー先生は、アタシの絵のホッペが■だからといって、アタシを訴えたりはしないだろうと思うのだった。

現代系の作家さんって、そんなに小さい人はあまりいないんだよね。笑。

もし、優れた芸術家が、若い芸術家に、思いをかけるということがあるのであれば、「もっとイイ作品は作れないのか?」とか、「誰もやったことのないことをやれ」などという、励ましの言葉だけであろう。

そうして、イロイロなペンで、ドローイングの作品を描く。どういうペンで、どういう風に描くと、絵が面白くなるのかとか、面を作ることができるのかとか、失敗しないで、完成度を上げることが出来るのかなどを考える。

それにも飽きてくると、今度は、キャラ作りというのをはじめる。

まあ、今までにも、天使とか、仏様とか、登場人物はいたんだけど、今日は名前をつけることにする。

もう少し、動きのある絵が描けるようになるには、マンガをお手本にするということである。

登場人物に、なんらかの筋をつけて、自由にシーンを作り上げるという練習は、構成力、画面の面白さ、笑いのセンスなど、イロイロと磨けるからである。

いくつも出来上がったら、フラッシュムービーとか、少し動かす、アニメーションの習作に使う。

人生というのは、精進の連続である。

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