◆◆◆ 581 ★ 年賀状を作る-3 ◆◆◆

2005.12.13

銅版画の話。

試刷りをしたところ、どーしても、ダメなの。

はぁ。もう一回マジックを塗って版を仕立て直す。

そんでもって、刷るのは夕方に。

新しいマジックで描画するんだったよなあ。

とりあえず、今年はこれで行こう。

そうして、出来は、相変わらず販売不能という低レベルではあるものの、笑いを取れるという意味で、銅版画の年賀状圧勝。

色をつけた和紙に、春とか、夢などという文字を書くべきではなかったということに気づいたときには、全てを描き終えていた。

せめて、「鼻」とかね、「貼る」とかさ、そーいう言葉にするべきだったということよ。

意味?

教えてあげないわよ。

あーたね、何でも、聞けばいーっつーもんじゃないの。

「どういう意味があるのか?アタシが何を意図しているのかを考える」

現代アートの鑑賞というのは、「作品について解らない部分を考える」という作業に価値があるわけよ。

おおっ。芸術家的語録になりつつあるわぁ。

ま、気づいただけでも今年は実りある一年であった。

それから、リノ版のカレンダーの図柄がなくなりつつあるので、刷り増そうと思ったのだが、銅版画のインクではムリだった。笑。紙をムダに使っただけかよっ。

インクを作り直さねば。

とうとう、仕入れた紙が無くなってしまう。

リト刷りに失敗したからだよねーっ。

40枚あったのに、在庫はゼロ。

ということで、今後のお客様は、豪華アルッシュに刷られた版画の裏になりますんで、ごめんね。

こっちの方が、安い和紙よりは、ヨッポド芸術的価値はあると思う(主に、裏側に。否、耐久性や、作品価値に)

貧乏ということもあるが、ヨイ紙に刷りたいという気持ちもある。

まあ、そういう理由っつーことで。

ご理解よろしくお願いします。

オジャラの貧困は、かなり深まってきているということで。

来月の表紙のテーマが決まる。

「進化する口コミ ―ブログ・SNSマーケティング活用術」

ふぅ。

よく、これをイラストに描けなどと頼んでくるよなあ。笑。

イラストというものは、目に見えないモノを形にする仕事なのだと思わされる。

来年度の表紙から、カラーインクの作品になったということもあり、何を描こうか、構想を練る。

最近は、表紙のイラストというのにも欲が顔を出して、笑っていただこうとか、(誰が見ても、タアシのイラストであると解るような)独自のイラストにしたいとか思うようになった。

個性が出すぎると没になることもあるんだけどさ、そういうイラストもご提案して、チャンスがあれば、そういう絵の露出を増やしたいと思うようになってきたということである。

版を洗ったりする作業は、灯油を使うこともあって外なので、ゴム手袋を着用。

部屋は温めても、温めても冷たい風が出入りする。

まあ、仕方ないか。

たいして売れてもいないのに、こんなに恵まれた環境で、好きな絵を描いている人は多くない。

そういえば、日本イラストレーター協会経由で、中学校から電話がある。

何でも、区内の中学生の社会見学で、イラストやマンガなどを描いている人を探しているのだそうだ。

センセイ「けっ、見学させていただいてもよろしいでしょうか?」

まあ、見学などしていただくのは一向に構わないが、3人以上は、入れない。笑い。

しかも、イラストレーター協会員というだけで、別に、イラストレーターでバリバリ活躍しているということでもない。(画家志望なので、来た仕事をお引き受けしますけど、こちらからは営業などには出ないということで)

さらに、オットに働いてくれと言われているので、もし、その時期に仕事などをすることになったら、申し訳ないですが、キャンセルってことになります。

などと、本当に、やる気のない事実を先方にお伝えする。

ウソついても仕方ないもんね。

絵は毎日描いてるからさ、「売れない画家」というカテゴリーが近いと思うが、売れていないということでもないので、やっぱ、「画家の卵」とか、「駆け出しの画家」という言葉が適切だと思う。

中学生かぁ。夢のある若人に、便器の話などを長時間説明してしまいそうな自分が怖い。

そうして、この道で生きるのは大変なので、まず、金を稼ぐために、英語とパソコン頑張ろうなどと言われて帰るに決まっているぜ。汗。はぁ。現実って、そんなもんよ。