◆◆◆ 533 ★ デ・キリコ・加守田章二・世界堂 ◆◆◆

2005.10.23

デ・キリコは、二回目。

どの絵も同じように見え、何らかの解説がしてあるのだが、ピンと来ない。

見ても見ても、良く解らない。

解らないのであるが、嫌でもない。

そうして、行ったり来たりしているのに、その絵というのは、全く記憶に残っていない。

(というか、同じに見えるので、)

まあいいか。

遠くから見たコントラストや、画面の完成度は物凄く高い。

絵というのは、遠くから見るものだからね。

そういえば、知人が、最近台湾を訪ねたのだが、台湾のギャラリーでは、アタシの絵にソックリな薔薇の花が大量(フロア一面)に売られていたらしい。

「黄色いラインに、茶色いステッチだった」と話してくれた。

マジっすか?

こっ、これは、偶然の一致なんだろうか?(注、アタシの絵は、茶色いステッチではありません)

台湾でそんな絵見たかなあ?見てないはずなので、パクリってことではないと思うけどなあ。

技法的には、物凄い短い時間で作れるので、取り入れる人がいても不思議じゃないけどなあ。まさか、アタシのHPを見て、先方がパクったってことでもないだろうしね。爆

まあいいか。近くで見れば、違いは歴然としているはずである。

だいたい、ゴッホの絵だって、アタシの絵に似ているという人大量なんだから、人間の記憶というのは、無責任なものである。

至近の、東京ステーションギャラリー、加守田章二展へ。

テレビで見て、スゲーと思ったのだが、それは間違っていなかった。

陶芸の技法ということを考えると、驚くべき技術力である。

が、八木センセイよりは、陶器というところから離れられないでいるという作品郡。

どちらが上ということもない。

どちらも頑張って、自分の作風というのを手に入れたということに他ならない。

アタシは、河井寛次郎の番組を何度も繰り返しみているけど、一回実物を見てみたいよなあ。

「僕の作品は、器としての用をなさないかもしれない」などとサラリと言えるなんて、大きいぜ。

陶芸の場合、独自の世界を目指さない人も大量にいるだろうしね。

かといって、趣味ということでもないしね。

作家モノだと高値をつけているわりには、ありきたりという人ばかり。

それだって、書道なんかより、よっぽど表現力を試せる世界ではある。

展示風景はこんな感じです。

人の作品は、事情があり、撮影できませんが、ムードってことで。

その後、不忍画廊の木の展覧会に流れる。

木の展覧会っつーのがね。動きが表現しずらいというかね。

個人的収集テーマに合っていないというかね。

まあいいか。

風景の人気は根強く、初めて買う絵というのは、無難な筋からスタートする人の方が圧倒的に多いのである。

アタシだって、オギスの風景画や、バリ島の風景画を何枚も持っている。(今思えば、驚くべき話ではある)

まあ、モノには順序というのがあって、それは、ほとんどの人が同じように進んでゆくのだと思う。

その後、世界堂の公募入選の展覧会に行く。

お友達の風司さんが、入選したので、それを見に行くためである。

入り口に入った瞬間、「ウワっ、レベル高っ。」という内容。

オジャラよ、足立区文化祭とは違うのは仕方が無いだろう。汗。

アタシも、20号を出す予定だったのだが、アートイベントが忙しくて、完成しなかったのである。

まあ、出していても、入選はムリだった可能性は高い。

1770点中、入選は上位120点だからね。

スゲーッ。

ケータイ撮影だったので、こんな感じでしたが、良い作品でした。

涙が出るかと思いました。

絵を見て、涙が出るということは、今までほとんどありませんでしたからね。

そういう、絵の持つ力というのがあるのです。

遠目だと良く解らないですけど、近くでみると、どうして涙が出そうになったのかが良く解ると思います。

みんな頑張っているよね。アタシも、来年は出そう。

それにしても、アタシの絵と、大きく違うよね。汗。作品というのは、画家のオリジナリティーが最も大切で、そういう、作風というか、独自の世界はもう持たれている画家さんである。

「独自の世界」と、アナタはカンタンに言うが、手に入れられない人の方が多いのだから、持っているというだけでスゴイのよ。

風司さん、オメデトウっ。

アタシも頑張るよ。

それにしても、賞の多い展覧会で、さすが、大手画材店という盛り上がり方だったよなあ。

アタシも、今度は、30号で描く。大きさで負けていると、不利なんだよね。