◆◆◆ 1843 ★ 精神障害者に絵を教えたときの話 ◆◆◆

インターネットラジオFM北千住 ときどきゲリラ的に収録・生放送

(あとはいつでも見れますよん)

2013.10.3.

精神障害者に絵を教えたことは、それは、S嬢に限らない。実は複数人おり、それぞれ、別な画風を持つ。

アタシは、絵を教えるということはしない。

ただ、その人が描いた作品を見て、テクニック的なことや、どういう画材がその方に向いているのかとか、そういう話をするだけである。

たとえば、A嬢の場合、100円の水性ペンで絵を描いていた。そうして、色がすぐに出なくなる。

特に、人間の皮膚の、オレンジやハダイロ、黄色なんかが、最初になくなって、今度は、余った色で皮膚の色を塗るのである。

ミドリとか、こげ茶とか、紫なんかでである。

それはそれで、ものすごいインパクトではある。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

オジャラ「どうしてサインペンで絵を描いているの?」

A嬢「最初色鉛筆で描いていたんです。でも、すぐに、芯が無くなってしまって、削りくずが沢山でて、面倒くさいんです」

アタシはピンときた。

アタシも、そういう理由から、長い間、クレヨンで絵を描いていたからである。

今思えば、良いクレヨンで描くと、色も退色せず、半永久的な作品になる。のでヨカッタかなと思うのだ。

それで、保護者の方に手紙を描き、少し高いけど、カランダッシュのクレヨンの18色ぐらいを買ってあげてくれと頼んだことがあった。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

S嬢は、絵が上手くなりたいという気持ちが強く、通信講座のカラーインクかなんかの講座を受け始めた。

そんでもって、教材で求められている課題の意味が解らないという理由から、アタシのところに通ってくるようになり、アタシは、その教材を見ながら、彼女に、どういう作品を提出するように書かれているのかを説明するのであった。

もう一人は、、、、。この話は、ここに書くのはよそう。

どちらにしたって、どの人も、他の人も、症状が良くなったり、悪くなったりするたびに、絵を描くことができなくなってしまうとか、絵を描く必要がなくなってしまい、絵はやめてしまうのであった。

まあ、生来の業でなければ、絵というのは、そういうもんなのだろうね。

アタシのように、膨大に描き続ける力があるというのは、天性の才能なのだと思う。そこは、大事にしていかないと。。。。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

あたしは、S嬢が描いてくれた、アタシの肖像画を、ワンピース倶楽部の収集家の展覧会に出品しようとしたら、主宰の石鍋さんに、「売名行為だ」と言われ、心外だったことがあった。

アタシは、その発言に怒り、抗議し、当然に、該当の作品は出品しなかった。

別段、彼女にも悪意は無かったと思う。会を運営するからには、方針というものがあり、会員はそれに従うというのが筋道だ。

そういう感性なので、アタシの感性とは、あれもこれも折り合わず、アタシの収集も低予算すぎるということもあり、会は脱退することに決めた。

アタシのような低予算アート愛好者は、最初から、収集家の会などに入るべきではなかったのである。

あの会も、最初は、楽しく収集し、作家を応援する気持ちがあれば誰でもオーケーという筋だったという理解で入会したのに、いつのまにか、画廊で買った価値のある現代作品でないと展示できないようなルールに変更されていたのにも驚いた。

収集愛好とは、金額ではないとアタシは思っている。

逆に、価値があるものを安価に求めることが収集道の醍醐味でもある。

まあ、イロイロな価値観があるものだから、そこは否定はしないし、アタシだって、予算があれば、もっとちゃんとしたものを集めることも必至ではある。

ワンピース倶楽部に集まるメンバーは、収集家狙いの画廊ばかりという実態もある。

もう一方のメンバーは、絵の素人で、どんな作品を買えばいいのかも解らない人も多かったのだろうと類推できる。双方のニーズが折り合っているとも言える。

収集とは、そもそも、誰かにお伺いを立てて集めるものではないような気がするが、まあ、そこは、蛇の道、ニセとか、無価値を何百万円で扱う海千山千。

アタシには、こういった商売を妨害する意思もない。

アタシも画廊という一面も持つけど、本質的には創作者だからである。自分の画廊はといえば今は、アトリエと自分の作品を展示する業態となり久しい。

チケットさえ手に入れば、どんな展覧会でも拝見しますという審美眼で、目だけは肥えてゆく。

自分が無償で絵を教えている精神障害の人の絵を、他の収集家に売りつけたりする目的で、絵を見てあげたことは一度もない。

表向きの話をすれば、健常者が気合を入れた作品であっても売れたりはしないのだ。現実というのが甘くもなく、アート販売というのが簡単ではないことは、アタシが一番よく知っている。

絵を描いている時間というのは、どの人にとっても、何ものからも解放される、自由な時間であり、楽しい時間だからである。

私は、そういう時間を持てることが人生の喜びだと信じている。

障害が重い人は、社会適応が難しい。作品が販売でき、収益が得られれば、その人達の自立の手助けにもなる。

一筋の光が、差し込んだり、消えたりする、そういう日常なのである。

そういえば、ワンピース倶楽部の今年の展示が開かれるそうです。ご興味のある方は、HPご覧くださいね。

ワタリウム美術館3/23撮影のおじゃらの巨大ポートレート

これは、三丁目の氷川神社の、古い建物の方。

確か、ナントカブンカ財だったような気が。

千住の案内のときには、ちゃんと調べて入れときます。

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