◆◆◆ 018★赤富士を描く ◆◆◆
2003.8.22
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朝一番で、昨日絵を描いた銅版二枚を腐食液につける。
今日は暑いので、外で腐食することにして、4時間から5時間にタイマーをセットする。 一昨日完成した版を印刷しようと思うが、気が進まない。銅版の具合を見ただけで、上手く刷れないことが解るからである。 その後、昔作った銅版の整理をする。 銅版画のギャラリーサイトを改訂したのだが、バリでは40枚以上作っていることが解り、今のうちに、整理しておこうと考えたからである。 銅版は、バリ以前、バリ滞在中、バリ以降の作品群に分けられる。といっても、全部せんべい缶の中に入れられてしまったんだけどね。たはは。 缶は、モチロン、草加せんべいである。 バリ島では、かなり作品を作ったのだが、絵の技量がイマイチだったので、作品にも絵の稚拙さが、表れてしまっている。数枚の作品を除いてもう、刷ることはないであろう。しかしながら、作り続けていたことは、自分にとって悪いことじゃなかったとは思う。 |
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銅版の整理が終わると、どうも、昨日の約束が気になってくる。
未来の保険王の社長室用に、見栄えのする作品を作ろうと考える。 彼は、棟方志功さんが好きらしい。アタシの絵も、彼の絵に似ているなどと感想を述べていた。 アタシも彼の絵が好きなので、彼の絵に似てしまうことは多い。 彼の画集を開いてみる。赤富士かぁ。どうしたら、赤富士を描こうという心境になるのか、今までは理解できなかったが、なるほど、おめでたいときに、描くものなのか。ふむふむ。 ま、一枚描いてみるか。 |
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もう一枚描いてみる。
まあ、こんなもんかなあ。 きみどりがもうちょっと欲しいよなあ。 これは、F8号というサイズだが、20号ぐらいのに描いてみたいなあ。 小さいから迫力がないというワケでもないが、もっと大きいカンバスに、ドーンと描くと、楽しそうだ。 オジャラよ、絵の具代を考えろ・・・・。 まあいいか。描かないことには、何も始まらないからである。折角、アトリエもあるんだしなあ。描くごとに、油絵のコツのようなものも、身についてきている。アタシは、色彩画家なので、色をふんだんに使える油絵は、とても合った画材だと思うのだ。 |
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その後、頼まれていた猫の絵を二枚。
ピピピピピ・・・。 おおっ。銅版画の腐食が4時間経過したというのを知らせるタイマーが鳴る。 油絵は、どうせ一日では仕上げられないので、今日は、ここまでにして、筆を止める。 そうして、一枚しかないタイルのパレットを洗って、銅版画を刷る準備をするのであった。 |
フランス製のブルーのインクは、どこまでも美しい。 (写真は一部、全体写真は、銅版画のギャラリーで) |
一枚目のグランド(防食材をはがしてみる。) うん。まあ、こんな感じだろう。(刷るまでは解らない。) もう一枚も、引き上げることにする。今日は、気温が暑かったので、腐食が早く進むからである。 早速印刷。 これくらい、安定して版が作れるようになると、銅版画も売れるかもしれないと思ったりする。 イカした銅版画の作品も、全部の線がカンペキというワケではないみたいだったし、全体の感じとか、作品の味みたいな方が、重要かなと思えてくる。 そーいえば、山本容子さんの作品がヤフオクで売られていたけど、売主が、『この当時の作品は、今の作品にはないよさがある』などとコメントしていたのをみて、笑ってしまった。 コレクターは、作家以上に、そういうことに敏感である。 |
(写真は一部、全体写真は、銅版画のギャラリーで) |
おおっ。この猫もカワイイなあ。 前の奴(未公開)も悪くなかったけどなあ。 どっちを出展するか迷うわあ。 大きいプレス機があれば、二枚並べて、大きな紙にプリントできるんだよな。 こんど、お教室で作ってみよう。 楽しみだ。 |
帰宅途中に、道の真ん中で、国道四号線に向かって、手を合わせているオババと、子供がいる。
新しい宗教かなにかかと、道に出てみると、この風景。 赤い大きな太陽が、ウルウルと沈もうとしていた。 アタシも、運のよさをお天道様に感謝して、手を合わせる。 今日描いた赤富士の絵と同じ、大きな太陽だ。太陽というのは、誰にでも平等で潔い。 |
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